今回の旅のテーマは珠玉の田舎町めぐり。フランスはトゥールーズへ入り、南西部の最も美しい村に登録される村々を巡ります。後半はマドリードへ飛んでスペイン、アンダルシア地方の田舎町で馬に乗り野山を駆けます。【旅行時期:11月中旬】
この日は旅の二つ目のメイン。
スペインはアンダルシア地方の田舎町、ロンダへのショートトリップだ。
太陽と情熱のアンダルシアはフラメンコや闘牛発祥の地でもあり、イスラムとカトリックの融合した独特の文化が根付いている。
アンダルシアには、アルハンブラ宮殿のあるグラナダやパティオで有名なコルドバ、闘牛とフラメンコの本場セビリア、白い村で有名なミハスなど魅力的な町が沢山ある。
限られた日程なので訪れる場所についてはかなり迷ったが、私が選んだのはロンダという小さな田舎町だった。
織田裕二、黒木メイサ主演の映画「アンダルシア~女神の報復~」の撮影に使われている。
前作「アマルフィー~女神の報酬~」の続編として撮影された映画なのだが、舞台の一つとして出てくるロンダの町があまりに衝撃的だったので、どうしても行ってみたいと思っていたのだ
アンダルシア ~女神の報復 (2011) 予告 - YouTube
ロンダは通常の団体ツアーなら半日~一日で通り過ぎる町で、グラナダやセビリア等に比べるといわゆる観光客の喜びそうな派手な見どころというのはそんなに多くない。
けれど、この小さな町は高さ100メートルを超える断崖絶壁の上にできており、渓谷が市街を二分するという独特の景観を有している。
なだらかな丘陵地帯に突如現れるスケールの大きな台地には圧倒的な地球の息吹を感じさせられる。
映画ではこの町を渓谷もろとも空から撮ったカットがあり、なんとも不思議なその姿に私はすっかり魅せられてしまっていた。
ロンダへはマドリードから国鉄renfeのアルへシラス行で3時間50分程。
アルへシラスの一駅手前の、小さな駅である。
スペインは鉄道が発達しているので、たいていのところへは鉄道でアクセス可能だというところが便利だ。
マドリードのアトーチャ駅。この時期朝7時台ではまだ辺りは暗い。
早朝の駅の治安が心配だったが、それには及ばず。郊外に出かける客で賑わい、構内には開いているカフェもいくつかあって想像以上に明るく安全だった。
とりあえず腹ごしらえに入ったカフェの四種のチーズピザはブルーチーズがキツ過ぎて食べきれなかった。
セキュリティーチェックが厳しく、ホームまでの間に手荷物や着ているものをチェックされる。飛行機の搭乗時のような感じだ。
ロンダまでは片道70€程度。最も安いグレードの席だが十分な広さがありきれいで快適。
列車の旅は大好きなので4時間弱の道のりも全く苦にならない。それにウォークマンには旅に合う曲を沢山入れてきた。
しかも列車にはカフェテリア車があってコーヒーブレイクもできる。
列車はスペイン中部、赤茶けたカスティーリャの大地を南へとひた走る。
緑が多く風光明媚なオーストリアやチェコの車窓と違い、厳しい気候と赤い大地。
アンダルシア地方に入ると地中海性気候に変わり、車窓には温暖で乾燥した大地に緑のオリーブ畑が広がる。
終点のひとつ手前、ロンダ駅にはまもなく到着だ。
私の旅の定番テーマソング「ルージュの伝言」を聞きながら、列車が徐々に速度を落とし駅に停車するのを待つ。
12時半、ロンダ到着。
本当に小さな駅でいかにも田舎町といった風情。こういう駅はとても好きだ。
スペイン南部に出ていた雨の予報にも関わらず、ちょうど列車が着くころには眩しい太陽が雨上がりの空に顔を覗かせていた。
スーツケースがあるのでホテルまでは駅前のタクシーを拾うことにした。
ロンダで2泊する予定のホテルは、「ホテル・ハルディン・デ・ラ・ムラジャ」。
Ronda - Hotel Jardín de la Muralla
たまたま見た旅雑誌、FIGARO voyageのアンダルシア特集に載っていたこのホテルに一目惚れしてしまったのだ。
タクシーは旧市街の端っこ、アラブ時代の城門跡から細い石畳の路地を入っていく。
そしてガタガタいいながら数十メートルほど徐行すると一軒の白い家の前で停まった。
全5室しかないこのホテルは、ホテルというより家といった方が良いかもしれない。アンダルシアの典型的な白い民家なのだ。
アンダルシアは、スペイン全土に広がっていたイスラム教徒がキリスト教徒のレコンキスタ(国土回復運動)によって南へ南へと押しやられ、 最後に留まった地だ。
したがって、イスラムの影響が未だに色濃く残っていて、キリストとイスラムの融合した文化には独特の味わいがある。
スペインにあってもどことなくヨーロッパとは違うエキゾチックな魅力がある。
このホテルも、かつてはアラブの山賊の持ち物だったという。
なるほど、エントランスなど随所にイスラム文化の特徴であるアラベスク模様などが施されていてなかなか素敵だ。
古めかしくて重々しい木の扉に近寄ると、薄暗い中に何やら人の気配が。
内側から鍵を開ける音がして、ギーと扉が開いた。
中には大柄なオーナーのホセ・マリアさんと2匹の犬がニコニコしながら立っていた。
ホセさんは英語が喋れるため、意思疎通には困らなかった。
今日のゲストは私だけとのこと。オフシーズンは特に宿泊客は少ないのだそうだ。
暖炉にくべてある薪のせいだろう、一歩足を踏み入れると煤けたような匂いが鼻をついた。
吹き抜けになっていて天窓から光が差している。
フロントはこじんまりしているが、何だか色々なものが置いてあって興味深い。
大きな古時計はよくみるとかなり年代ものだ。
宿泊表に名前やパスポート番号を書くと、カードキーが主流となった今時珍しい、重いキーホルダーのついた鍵を渡された。
鍵というものは、やはり存在感のある方がそれらしくて良い。
私の部屋は二階にあった。
玄関扉と同じく重厚な木の扉を開ける。重い鍵を回すと大袈裟にガチャっといって開くところも好みだった。
ヨーロッパ風ともアラブ風ともとれるような部屋は雑誌でみていたよりも広く、なんとも不思議で古めかしく、それでいてしっくりくる。
洗面所にはあたかもアラブの山賊王が使っていそうな大きな金の鏡があったりして、ここで2日間過ごすと思うと私は嬉しくなった。
ホセさんがこれからどうするのかと尋ねるので、馬に乗りたいからどこか厩舎を紹介してくれないかと聞いてみた。
乗馬はロンダでの目的の一つだった。
ロンダの一番の見どころ、断崖絶壁にできた旧市街と新市街の間を流れる渓谷、そこにかかる高さ100メートルを超えるヌエボ橋を崖の下から眺めてみたい。あわよくば遠くからこの崖を見たい。
そのためには移動手段として馬が最適なのだ。
ハイキングルートもあるが、徒歩で目的を達成するには1日がかりになってしまう。
足場も良くない中、ふつうのスニーカーで降りてゆくのもなかなか困難だ。
すると、ホテルから徒歩数百メートルのところに厩舎があるとのこと。そこのオーナーとは仲が良いから連れて行って頼んでくれるということだ。
到着早々目的が達成できそうでなんだか嬉しくなった。
厩舎は城門の外に出てしばらく坂を下ったところにあった。
中に入ると妙に静かだ。奥に小柄な馬が一頭いるだけで、人気がないばかりか馬の気配もない。
「おかしいな、オーナーはいつもここにいるんだが。よし坂の上のバルに行ってみよう。ここにいなきゃ連中はいつもあそこに屯しているんだ。」
ホセさんがそういうので、一緒にバルを覗いてみることにした。
平日の14時近く、スペインでは遅いお昼の前に小腹を満たしたい客がバルに集まってくる時間だ。
中を覗くがオーナーはいない。
「おいマスター、今日は厩舎の旦那は来てないのかい。彼女が馬に乗りたいらしいから何とかしてやりたいんだ。」
(ホセさんとマスターとのやりとりはスペイン語なので会話はだいたいの想像笑)
「今日は奴を見てないぜ。向こうのバルは覗いたかい。」
結局オーナーは見当たらず、喉が渇いた私たちはバルで一杯やることにした。
「まったく、マスターはどこに行ったんだ。奴らは仕事がなきゃいつもここで飲んでいるんだが。まあ、明日の朝なら多分 厩舎にいるだろう。」
スペインらしい。
日本のように営業時間ならそこに行けばいつも必ず誰かがスタンバイしていて、待つこともなく直ちに目的を達成できる、 そんなところは南欧には無いのだ。
焦ることはない、ここはスペイン、ゆっくりいこうぜ。
ホセさんと私はバルで喉を潤してから、私はお腹を満たすため二階のレストランフロアへ、ホセさんはホテルに仕事しに戻った。
アンダルシア地方の名物、フリトゥーラ・ミスト。魚介のフライ。
とんでもない量だが、サクサクの衣、小エビや小魚がカラッと揚がり、ビールとの相性も抜群で全部食べてしまった。
遅いランチの後は、町の散策に繰り出すことにした。
異国の路地裏というのは、どうしてこう旅情を掻き立てるのだろうか。
できれば外国人が入り乱れる都会よりも、田舎町の方が良い。
人々がひっそりと生活している様子、外からは見えないが中には確実にそこで暮らす人々の営みがある。
自分とは言葉も文化も人種も全く違う、ここに来ることがなければ一切接点のなかった人たち。
そんな人たちの息遣いが感じられてならないのである。
迷路のような路地裏を歩いているうちに旧市街と新市街の境目に出た。
そこにかかっている橋は、例のヌエボ橋だ。
逸る心を落ち着けて橋のたもとの展望台に行く。
展望台からは、文句なしの絶景が広がっていた。
ロンダに来てよかった。心からそう思える景色だった。
パラドールという国営ホテルがスペインには多くあり、昔ながらの建物を改装していてなかなか豪華な造りのものだったりする。
ここ、ロンダのパラドールは橋のすぐ近くにあり、アンダルシアのロケも行われていた。
日が暮れ、夜の帳が降りる頃ホテルに戻った。
ランチが遅かったからか、夕食は要らないほどお腹がいっぱいだった。