元添乗員の国外逃亡旅行記

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フランス・スペイン珠玉の田舎町へ ⑤ ~ロンダで馬に乗る~

今回の旅のテーマは珠玉の田舎町めぐり。フランスはトゥールーズへ入り、南西部の最も美しい村に登録される村々を巡ります。後半はマドリードへ飛んでスペイン、アンダルシア地方の田舎町で馬に乗り野山を駆けます。【旅行時期:11月中旬】

 

 

 

 

 

朝目覚めると、階下からホセさんの聞くオペラ音楽とともにパンの焼ける芳ばしい香りが漂ってきた。

 


昨日は結局夕食を食べなかったので、お腹はペコペコだった。


仕度もそこそこに部屋の扉を開けようと近寄ると、鈴の音と扉を引っ掻くガリガリという音がする。



扉を開けると、力いっぱい尻尾を振ってコッカースパニエルのガルロッタと、ヨークシャーテリアのジュリーが出迎えてくれたのだった。

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2匹と共に階下に降りると、暖炉の前のテーブルにはキャンドルが点り、1人分のセッティングがされていた。

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テーブルに腰かけて待っていると、鼻歌を唄いながらホセさんがこんがり焼けたトーストを運んできた。

「Buenas dias!紅茶、コーヒー、どっちがいいかい。」


紅茶を選ぶと、おそらくアラブ時代の骨董品であるずっしりした銀のポットに並々と注がれてやってきた。


トーストは、チーズと半熟卵の上に庭で採れたバジルがのっていた。美味しそうだった。

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香ばしく焼かれたトーストにかぶりつき、温かい紅茶を胃に流し込む。


秋も深まるこの時期は朝晩冷えるため、暖炉にはパチパチと火が灯っている。

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ガルロッタとジュリーは物欲しげに私の隣にお座りし、ホセさんは傍の椅子に座ってゆっくりと珈琲を飲んでいる。

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ゲストは私だけなので、この屋敷を独り占めしている気分だ。


ホセさんの家は同じアンダルシア地方の隣町にあって、妻と子供、孫、皆で暮らしている。


シーズン中は家族でこのホテルを切り盛りしているという。


シーズンオフの今は予約がある時、ホセさんだけがホテルに戻ってくるのだとか。

 

 


ゲストは殆どが欧米人。日本人はとても珍しいのでもっと日本人にもこのホテルのことを知ってもらいたいのだそう。


そんなことをポツポツと話しながら、ゆっくりした朝の時間が流れてゆく。


朝食が一段落すると、ホセさんが庭の花を摘みに行くというのでついて行くことにした。


暖炉のあるリビングの隣には、古書が沢山並んだ本棚とソファーのある書斎があり、庭への出入り口はそこにあった。

 


鉄格子の古い扉を開けると、薄暗い書斎に朝の光が差しこんできた。
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夜の間に雨が降ったのか庭の草花は湿っていた。

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ガルロッタは喜んで走り回り、枯葉の溜まったプールの水で喉を潤している。

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蔦の絡んだ葡萄棚、好き放題に生えたオレンジやザクロの木、お世辞にも整然と植えられているとはいえない、数十種類のハーブがあちらこちらに見え隠れする庭の様子は、幼い頃わくわくしながら読んだ絵本「ふしぎな庭」の世界を連想させる。 

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高台にあるホテルの庭からは、見渡す限り広がる長閑な田園風景が一望できる。

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さて、今日はまず一番に行くところがある。


もちろん、厩舎だ。

 


ホセさんいわく今日は天気も良いし朝のうちならオーナーも確実にいるだろうとのこと。

 


スニーカーに履き替え荷物をまとめるとさっそく昨日行った厩舎へ行ってみることにした。

 


「Hola!」


依然として静かな厩舎の様子に嫌な予感がしたのも束の間、奥の方で物音がする。

 



見に行ってみると、10代前半くらいだろうか、少年が一人馬の手入れをしていた。


「Hola!」


声をかけるとようやくこちらに気付いてくれた。


「馬に乗りたいのだけど。」


英語で話しかけるが、少年はどうやら英語が分からないようだ。


身振り手振りで説明すると、こちらの言いたいことを分かってくれたのかオーナーを呼んでくるから待っていてというようなことを言われた。


それまで厩舎を一回りしてみる。


本当に小さな厩舎だ。痩せた馬が10頭いるかいないかで、きっと家族経営で細々とやっているのだろう。

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しばらくすると、「すまない、待たせたねえ。ハルディンのホセじいさんとこのお客さんだね?ようこそ!!」 と、威勢の良いオーナーがやって来た。


ホセさんが予め伝えてくれていたので話は早く、早速馬の手配をしてくれた。

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崖の下まで降り、ロンダの田園地帯、丘陵地帯を行く3時間のコースで40€。

 

日本の乗馬クラブでビジターとして乗ろうと思うと40分程度で1万円近くすることを考えると破格の料金だ。

 


案内役は先ほどの少年である。


いよいよ念願の、馬でのロンダ自然散策の出発だ。

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先に進む少年の後をついてゆく。

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ここの馬は調教が行き届いているのか、誘導に殆ど苦労が要らない。


まずは一気に崖の下まで降りてゆく。降りるにしたがって渓谷に流れる川が水を増し、道も悪くなる。


これはやはり自分の足ではかなり歩きにくかっただろう。しかしそんな悪路も馬ならなんのその。


振り返ると、先ほどまでいた崖の全貌をみることができた。そして、念願の渓谷にかかる橋の姿も。



朝靄の中に聳える橋の姿は幻想的で、そこだけ別世界のように思えた。

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いくら悪路は馬なら平気だといっても、馬に乗るのもなかなか体力が必要だ。


まず内腿は馬をコントロールするため常に馬躰に押し付けていなければならない。


そして手綱は引っ張り過ぎず緩め過ぎず、常に一定の加減を保っていなければならない。


岩などが多く凹凸の激しい悪路を歩く時には常に馬躰は大きく上下左右に振れる。その振動を腹筋でもって吸収する。




少年はスペイン語しか分からない。一方私はほとんどスペイン語が分からない。


したがって、ふたりの間に会話が成立するのは極めて不可能に近い。


出発してしばらく二人とも無言で歩いた。

 


時々少年が口笛を吹いたり、馬に合図をしたり、 私が素晴らしい景色に感動して独り言を言う以外は二人とも口を開かなかった。

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ところが、状況が一転する出来事が起こる。


慣れない外国人の観光客であるからか、オーナーは少年に終始並足(いわゆる歩くスピード)で 散策するようにと伝えてくれていた。


しかし、出発して1時間弱が経った頃だろうか、何かの物音に驚いたのか先頭を行く彼の馬が突然速足(小走り)になったのだ。それにつられて私の馬も速足に。


速足になるとかなりの振動がダイレクトにくるので、馬の足並みに合わせ立ったり座ったりして体を上下させるという技術が必要になってくる。


幼いころ体で覚えたことはなかなか忘れないもので、とっさに身体が反応して速足に対応する。


少年は少し先で止まり、後から走ってきた私を心配そうに待っていた。


怖がっている様子の無い私を見て、「このスピード大丈夫だったの?」おそらくそう聞いてきたのだと思い、にっこり笑って親指を立てると、少年が「ほんと?やるじゃん」というような表情で同じように私にグーサインを出してきた。



それから、何となくぎこちなかった二人の間の壁が取り払われたようだった。


相変わらず言葉が通じないので会話らしい会話は無いのだが、どんぐりを採って私に手渡してくれたり、イベリコ豚が木に繋がれていると、写真を撮りやすいようにといって近くまで連れて行ってくれたりするようになった。

 

高級ハムとなる、でっぷりしたイベリコ豚はどんぐりの木の下に繋がれ、右へ左へと暴れまわっていた。

 

イベリコ豚の生ハムの中でも最高級である、ハモンイベリコ デ ベジョータ とは指定された地域で、どんぐりの実だけを食べて育った豚のみを言う。

 

ジョータになる豚は、本当にどんぐりの木に繋がれているのだ。

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そういえば、少年に名前をまだ教えていないと思い、つたないスペイン語で自己紹介をしてみた。


すると少年も「ミゲル」と名乗った。


しばらくすると、私が速足に慣れてきたとみたのか、ミゲル君が悪戯っぽい眼差し向けて突然駆け足にスピードを 上げたのだ。


駆け足になると前後に大きく馬躰が波打つため、今度はそれに合わせて鞍にくっつけた状態でお尻を前後に滑らせなければならない。


これもなんとかクリア。


先で待っていたミゲル君が、私が無事ついてきたことを確認すると満面の笑みで声をはずませ「Bien!?」と聞いてきた。


おそらく「good」と同じような意味だと思われる。
私も満面の笑みで「Bien!」と答えた。


「やるねえ!」と、にっこり微笑み、今度は農閑期の畑の中へ入り込んで暴れん坊将軍よろしく畑の中を思い切り駆け回ったりした。

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正直、乗馬ズボンもブーツも履いていなければグローブもしていない、その状態でしかも整備されているわけではない野山を3時間駆け回るのはかなり疲れる。

 



けれど、ロンダの美しき自然と、そこをまるで自分の庭のように自在に駆け回る少年ミゲル君にすっかり魅せられ、疲れなどはどこかへ行ってしまっていた。

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途中、おそらくミゲル君のおじいちゃんおばあちゃんの家だろう、突然民家の中に馬に乗ったまま入って行く。

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と思うとミゲル君はおばあちゃんに食べ物をねだり、パンとジュースとチョコレートを貰っていた。

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一人前に観光客の先導をして野山を駆け回るミゲル君も、まだまだおばあちゃんに甘えたい子供なのだ。

 

 

チョコレートを嬉しそうに頬張るミゲル君の後ろ姿が、なんだかたまらなく愛しく思えた。


民家は今にも崩れてしまいそうなほど小さくて古かったが、煙突からは煙が立ち昇り、お昼ごはんの支度をする良い匂いが漂っていた。

思いがけず村人の生活の香りが漂う民家に寄せてもらってちょっと得をした気分だった。


さて、街を離れて一体どの辺りまでやってきたのだろう。


気が付くと、市街地のある台地が遙か彼方にそそり立っていた。

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こんなところまで徒歩で来るのはまず無理だ。改めて馬の足の凄さを思い知らされる。

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厩舎に帰って来た頃には午後1時をまわっていた。

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馬を降りても、蹄ごしに踏みしめた大地の暖かい感触がいつまでも残っていた。

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今日のランチは、14時にホテルでホセさんが自家製のパエリアを振舞ってくれることになっていた。

 

 

しかしどうにもこうにも空腹に耐えきれず、城門前のいつものバルでタパスをつまんだ。

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ホテルの玄関扉を開けると、ロビー中になんとも言えない良い匂いが満ちている。



「おかえり。こっちに来てごらん。」


声のする小部屋に入って行くと、そこには野菜やらハーブやらいろんなスパイスやらが所狭しと並んだ台所になっていて、奥の方でエプロンをしたホセさんが忙しく動いていた。

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手招きされるまま近寄ると、米を煮ているスープの味見をさせてくれた。


美味しい!


いつもの暖炉の前で座って待っていると、巨大なパエリア鍋に出来立て熱々のパエリアが運ばれてきた。

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手作りなので見た目は店のようにはいかないけれど、味には自信があるホセさん自慢のパエリアだという。


豪快に鍋からお皿に取り分け、大きなスプーンでまず一口。


これは美味しい!


絶妙な塩加減といい、アルデンテに炊きあげられた米に少々多めのコクのあるスープが良く合う。


今日は市場が閉まっていて新鮮な魚介が手に入らなかったため鶏肉を具にしたらしいが、これがまた良いダシを出している。


多めに入れたにんにくがまた良いアクセントになっている。


二人で夢中になって平らげた。


後にも先にも、こんなに美味しいパエリアはこれだけだ。


パエリアでお腹がはち切れんばかりに膨らみ、午前中の乗馬の疲れと相まって強烈な眠気が襲ってきた。

 

何の装備も無く3時間超野山を駆け回ったおかげで、足腰も悲鳴をあげている。

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そのまま部屋に戻り、夜まで爆睡してしまった。

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こんな時間の使い方もまた一人旅の醍醐味である。
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