今回は母を連れての二人旅。5日間という短期間ながら、フィンランドでは北欧神話の世界さながらの森と湖へピクニック。私の最も好きな街三本の指に入るエストニアのタリンでは、中世そのままの街並みをたっぷり堪能。【旅行時期:5月初旬】
目覚めると、部屋の窓からは弱い光が漏れている。
外を覗くと、夜の間に雨が降ったようで地面はしっとりと濡れていたが、空にはうっすらと太陽が顔を覗かせている。
朝食のレストランは朝早いからかまだゲストはまばらで、温かいパンや一通りのものを皿にとって食べる。
今日の天候にはずいぶん前から全神経を傾けている。
なぜなら、今回のフィンランド旅で最大の目的、森と湖へのピクニック決行の日だからだ。
日数の関係上ヘルシンキから日帰り圏内でしか動けないのだが、ここフィンランドはさすが森の国。
電車とバスで1時間も郊外に出れば、夢のような北欧神話の森の世界へと足を踏み入れることができるのである。
ピクニックとあればやはり森の中でのランチ。
ヘルシンキの街はトラムとメトロが発達しているので大抵のところへはタクシーを使わずに行くことができる。
とりわけトラムは至る所に停留所があり、路面から直接乗れるのでとても使い勝手が良い。
まずはランチを調達するため、ヘルシンキで最初にできたという老舗のパン屋
EKBERGエクベリへと向かう。
ケーキもイートインできるので、朝一のカフェタイムなんかにも使えそうな素敵な店だ。
レトロな店構えの店内へと入ると、芳ばしいパンの焼ける香りに包まれた。
威勢の良いお姉さんがテキパキと客をさばいている。
フィンランド名物のシナモンロールと、杏子とクリームの菓子パンなどを購入し、店をあとにする。
ヘルシンキ中央駅は、斬新なアールヌーボー様式の外観に反して内部は思いの外クラシックであった。
目指す森は、ヌークシオ国立公園。
Outdoors.fi - Nuuksio National Park
ヘルシンキからは、まずESPOOエスポーという街まで列車に乗って40分程度。
ESPOO下車後駅近くのバス停からNUUKSIONPAAヌークシオンパー行のバスで30分程度である。
ただし、バス停から森の入口へは20分程度歩く。
さて、中央駅から列車に乗ろう。
古典的なタイプの掲示板を見ると否応なしにテンションが上がる。
8時台の列車へ乗り込み、いざ出発。
車内は非常にキレイで快適。
ホテルの朝食レストランで水筒に入れてもらったお湯は、ランチの時に紅茶を飲むためだ。
ウトウトする間もなくESPOOへ到着。
朝の空気が多少肌寒く感じられる。
駅には改札など無く、ホームを区切る仕切りも何も無いのでいくらでも無賃乗車ができそうなものだが、不定期にやってくる検札でバレると多額の罰金を支払わせられる仕組みなのだ。
駅を進行方向右側に降りると、ESPOONKESKUSエスポーンケスクスというバス停がある。
私たちはそこでバスが来るのを待つことにした。
しかし、待てど暮らせどバスはやってこない。
シーズン中と違って大幅に便数が少ないのかもしれない。
あまり長々と待っているわけにもいかないので、傍にいたタクシーに乗ることにした。
ここからヌークシオまではさほど離れていないはずだ。
ヌークシオへの入口はいくつかあるようだが、インフォメーションのあるHAUKKALAMPIへ行くのに一番近い入り口といって連れていってもらった。
タクシーを降り立つと、ひんやりとした森の空気。
朝陽が柔らかに道路を照らしている。
しばらくは舗装された道路が続く。
インフォメーションまでは、とにかく標識を見つけてその通りに歩いて行けばよい。
5月初旬は、まだフィンランドの森は肌寒い。
うっすらと雪が残っていたりするが、その日差しからは春の気配を感じとることができる。
雪解けで少し濁った最初の湖を見つけると、ようやくインフォメーションだ。
ひっそりとしたログハウスには人気が無く、ここではトイレを借りただけであった。
さて、ここからが本当の森。
近年日本は空前の登山ブーム。
日本人にとって、手軽に行ける山は沢山あるし富士登山も流行っている。
しかし、やはり手軽な人気の山などは登山道が混みあい、山頂のトイレには人が行列を作っていたりする。
高尾山などは山頂に人が溢れて大変なことになっていた。
富士山なんて山頂に近づくにつれて渋滞である。
最近は観光客やにわか登山者のマナーの悪さも問題になっている。
学生時代登山部で南北アルプスを縦走したりしていた私としては、この手の行列のできる山はどうしても避けがちになってしまう。
フィンランドには無数の国立公園が点在しており、そのどれもが本格的な森である。
公園というネーミングからは想像も及ばない広大な範囲の自然が、完全な状態で保存されているのである。
あまりに広大な森であるため、シーズン中でも他のハイカーに出会うことはあまり多くない。
ましてやシーズン前の今は、この広い森に私たちしかいないんじゃないだろうかと思わせる静けさである。
それでいて無数のマーキングが道を示し、まず迷子になるということがない。
ハイカーは、色分けされたルートの標識とマーキングを辿って歩くだけで、簡単に手つかずの森を探検することができる。
もちろんゴミなどは皆無である。
フィンランドの森に来てみて、まずはこの快適さに魅せられた。
さて、どんどん森の奥深くへと入り込んで行こう。
一時間は歩いただろうか。
突如視界が開け、木々の間からは鏡のような湖が姿を現した。
以前仕事で世界一空気がきれいだと言われるタスマニア島に行った時も思ったが、空気にははっきりと味がある。
深呼吸すると、肺には澄み切った甘い空気が充満する。
景色も良いし、空気も美味しい、太陽も出てきた。
小休憩がてらティータイムにするのにぴったりだ。
小鳥のさえずりと、木々のそよぐ音だけがする中で、魔法瓶に入れてきたお湯で熱い紅茶を淹れる。
例えようもない至福のひとときである。
トントントン・・・
何処からか、規則的なノックのような音が聞こえる。
音を辿ってみると、木の幹の内部からだ。
そう、キツツキが木の内部から幹を突いている音だったのだ。
ここからは、神話に出てくるような白樺の木と美しい湖のオンパレードである。
わずかなそよ風によって、水面にはさざ波が立つ。
ちゃぽちゃぽ水が音を立てる岸辺に座って、いつまでも湖を眺めていたい気分だった。
ヌークシオは、映画「かもめ食堂」の舞台となった森である。
なんとも長閑な森の中は映画の世界そのままに、静かに私たちを受け入れる。
人工物の一切ない森の世界は、文明の音は何もしない。
しかし、静かなようでいて実は色んな自然の音が聞こえることに気付く。
キツツキが木を突く音、木々のそよぐ音、小鳥のさえずり。
沼には数えきれないほどのウシガエルが熱唱している。
虹色の木漏れ日の下で、このまま森の中をあてもなく彷徨ってしまいたい衝動に駆られる。
足の下に感じる柔らかな感触。
苔は天然の絨毯である。
フィンランドの森は、国立公園として整備・保護の対象となっているにも関わらず、倒木や朽ち果てた木が道を塞いでいることがある。
これは、できるだけ人間の手を加えないよう、危険の生じない範囲で敢えてそのままにしているのだという。
12時頃、ひらけた場所があったのでランチにすることにした。
朝買っておいたシナモンロール。フィンランド語ではカルバブースティーと言い、”潰れた耳”という意味だ。
傍には無邪気な鳥たちが集まってくる。
フィンランドでは、森は公共の場であり、誰もが自由に森に出入りしキノコ狩りやハイキングを楽しむ権利を持っている。
薪やバーベキューの設備なども無料で自由に使うことができる。
その代り、森でのマナーは徹底していて美しい森の姿が保たれている。
倒木のスケールも半端ない。
倒れた木には別の植物が群生し、またここから新たな命が芽吹く。
道に出るとそろそろハイキングルートも終わりである。
久しぶりに人の姿を見た。
ゴール、SIIKANIEMIシーカニエミ。
森でのピクニックは期待以上だった。
フィンランドの森のクオリティーの高さと共に、フィンランド人の森に対する意識の高さを垣間見た気がする。
心地よい疲労感と共に、全身にマイナスイオンが広がっていく気がした。
SIIKANIEMIの出口にあるバス停からバスでLEPPAVAARAレッパバーラへ。
帰りはここから列車へ乗り換えヘルシンキへと戻る。
中央駅へ着くと、なんだか妙に駅の喧騒が耳に残るような気がした。
ついでに中央駅からヘルシンキ市内にあるアンティークモールへ。
レトロな建物の中に、所狭しと骨董品が並べられ、見ていて飽きない。
もっとも、店主のおじちゃんたちは品物を売るよりもカフェでのお喋りの方に精を出しているようだったが。
休憩がてら寄ったのは映画「かもめ食堂」に出てきたカフェ。
内部の配置は多少変わっているが、まるで映画の中に入ったような感覚だ。
ホテル近くのエスプラナーディー通りには素敵な店が多い。
それらをひやかしながらホテルに戻った。
ディナーは少しお洒落をして、港沿いにある素敵なレストランSUNDMANSスンドマンズへ。
ここはかつての船長の邸宅を改装したレストランで、料理も凝っていて目も舌も楽しませてくれる。
G.W. Sundmans | Services | G.W. Sundmans & Sundmans Krog
お腹も心も満たされて、ホテルに帰ったのは22時頃であった。