ミラノから入り、魅惑のモロッコへ。迷宮都市フェズで迷路を彷徨い、モロッコ料理教室へも参加。シャウエンでは青の街に魅せられ、後半は路地裏逍遥を楽しむべくヴェネチアへショートトリップ。【旅行時期:3月末】
最終日の朝である。
この日は帰国便が午後なので、朝の時間も無駄にはしない。
メトロに乗って運河沿いのナヴィリオ地区へ行ってみた。
ここは運河に沿ってバーやクラブなど若者向けの店が並んでいて、どうやら夜の方が賑わっているようだ。
朝のナヴィリオ地区はなんだか閑散としていて、運河もヴェネチアのように美しくはない。
夜の名残といえば、そこいらに出されたゴミを掃除する清掃係のおじさんくらいだ。
通勤途中のミラネーゼが足早に通り過ぎて行く。
さて、最後の朝食はどこのカフェにしようか。思い立って降りたランツァの駅で、傍にあった小さなカフェに立ち寄った。
「Buonjorno!」と一言発すれば、初めて会うマスターと私の間にも忽ち親しみやすい空気が流れるから不思議だ。
考えてみれば、日本ではあまりカフェの店員に朝の挨拶をするという習慣はない。
しばらくすると続けざまに常連らしき客が入ってきてカウンターに立った。
お決まりのエスプレッソを頼むと、マスター夫婦とのお喋りが始まる。
こんな何気ない朝のひとこまが何だかとても微笑ましいものに思えて、写真に収めたい衝動に駆られた。
写真を撮って良いかと尋ねると、「もちろんさ!」と快諾。
イタリアのカフェ文化におけるカウンターの存在は大きい。
思えばナポリでもローマでも、シチリアでもアマルフィーでも、イタリアのカフェには必ずカウンターがあり人が密集していた。
そして決まってテーブル席は空いている。
一杯のエスプレッソをさっと飲んで菓子パンを頬張り忙しく出て行く人もいれば、延々と腰を据えている人もいる。
しかしどちらのタイプでも、何かしらカウンターを通して人とコミュニケーションをとっている。
日本にいれば、皆スマホをいじっているばかりでカフェで他人と話そうなどという人は見かけない。
そう考えると、イタリア人のコミュニケーション能力の高さは案外カフェのカウンターで培われたものなのかもしれない。
イタリアカフェのカウンターというものはなかなか奥が深いのだ。
空港バスが出る中央駅に戻ると、ミラノに着いて初めて入ったカフェにもう一度立ち寄ってみる。
すっかり慣れたカウンターに立って、いつもの注文をする。
「エスプレッソとクリーム入りドーナツを。」
「今日日本に帰るんだ。」
「ミラノは楽しかったかい?また来てよ。」
そんな短い会話を交わしてみる。
また少し、イタリア人が身近に感じられた気がした。
午後の便で、帰国はミラノから直行だ。
添乗では帰国便の中が一番楽しかったけれど、今はその逆だ。
それでも今回の旅に一切悔いはない。見たいもの、やりたいことは全て実現し尽くした。
たくさんの想い出と共に成田に到着。
自分への土産は、こうして並べてみると相変わらずセンスがない。
青のジュラバはきっと日本じゃ着れないからパジャマになるのが関の山だろう。
キーホルダーなんてまず使うことなど無いが、いつも海外に行くと必ず買って来ることにしている。フェズの露店で100円で購入したものだ。
ヴェネチアで購入したものは口紅ケースだけれど、持っている口紅は入らない。
しかし、正直私にとって土産物の内容など何でも良い。
シチリアで拾った火山岩、チェコの骨董品店で売っていたブリキの缶、ネパールの仏具屋で買った仏像のモチーフの置物・・
ガラクタのような土産物が増える度、大好きな国が増えていく。
キーホルダーと口紅ケースを小箱の中にしまい、ジュラバは畳んでタンスにしまった。
心の中にはまたひとつ、大切な想い出が刻まれた。
(終)