ミラノから入り、魅惑のモロッコへ。迷宮都市フェズで迷路を彷徨い、モロッコ料理教室へも参加。シャウエンでは青の街に魅せられ、後半は路地裏逍遥を楽しむべくヴェネチアへショートトリップ。【旅行時期:3月末】
今日も朝が早い。7時台の列車でヴェネチアへ向かうのだ。
ヴェネチア行は今回の旅の最後のハイライトである。
予定時刻よりも小一時間ほど早く中央駅へ着いておく。
海外の駅、とりわけ周辺大都市間を運行する列車の集まるハブステーションはいつだって人々の熱気に包まれていて、その雰囲気がたまらなく好きだ。
イタリアはまさに今日からサマータイムが実施され、昨日と今日とでは国内に1時間の時差が生じる。
切り替え日ジャストに、しかも時刻がシビアな列車に乗るとなると何だか緊張する。
早めに駅に着いたのは時間を気にしていたこともあるが、本当のところは駅のカフェで一杯やるためだ。
イタリアに来てからは、朝食は外のカフェで菓子パンとエスプレッソと決まっている。
列車の出発を前にカフェのカウンターで一杯のエスプレッソ。幸せすぎてクラクラする。
目指すはヴェネチア、サンタルチア駅。ミラノからは約2時間半の道のりだ。
ヴェネチアはジョニーデップとアンジェリーナジョリー主演の映画「ツーリスト」の舞台となっている街であるし、これから乗るトレニタリアのミラノ-ヴェネチア線は、二人のファーストコンタクトがなされた場面に使われている。
映画では、パリ-ヴェネチア線の設定だが、実際はこちらの路線で撮影されたらしい。
予定時刻ぴったりに、列車はゆっくりと発車した。
列車の中にはカフェテリアがあるので、早速カプチーノを調達して車窓に目を向ける。
ウォークマンで聴く今回の旅のテーマは、フランク・シナトラ「New York, New York」。ニューヨークじゃないけれど、旅気分が盛り上がる。
Frank Sinatra - New York New York - YouTube
お天気も上々。楽しげな曲に合わせるように、ミラノを発った列車は緑の多い郊外を徐々に速度を上げてひた走る。
本土側のメストレ駅を出ると、いよいよ海を渡ってヴェネチア側のサンタルチア駅へ到着だ。
列車は滑るようにしてサンタルチア駅のホームへ停車した。
上気した乗客たちが一斉に降り立つ。
サンタルチア駅のホームはほんの少し潮の香りがした。
駅舎から出ると、目に飛び込んできたのはものすごい人の群れ。
ここはやはり世界中のツーリスト憬れの地、彼のヴェネチア陸の玄関口なのだと思うと妙に感動を覚える。
さて、ここからの移動手段は徒歩か船となる。
まずはヴェネチアの中心、サンマルコ広場までヴァポレットで移動することにしよう。
サンタルチア駅からサンマルコ広場方面のヴァポレットに乗る場合、ちょっとしたコツがある。
駅舎の目の前に船着き場があるのだが、ここは列車で着いた乗客が殺到しチケット売り場は常に長蛇の列。
乗船するのも順番待ちで、眺めの良い場所をとるのは不可能に近い。
そこで、駅舎を出て右手に見える大きな橋を渡ってすぐの広場PIAZZALE ROMAへ歩いて行こう。ほんの数分の距離である。
実はここがヴァポレットの始発駅。
うそのように人がおらず、チケット売り場も乗船も楽々である。
さて、チケットを読み取りマシンにかざしていざ乗船。先頭の眺めの良い場所も楽々ゲット。
すぐに先ほどのサンタルチア駅の前にやって来る。
雪崩のように人が乗り込み、たちまち船は満員となる。
ここからは、ヴェネチアの中央を分断するように流れる大運河カナルグランデを約40分クルーズする。
ヴェネチア行きを最初に決めた時はややミーハーな選択だったかなと思ったが、そんな考えはカナルグランデに広がる風景を目の前に完全に消え去ってしまった。
エメラルドグリーンの水上にカラフルな家々が並び、数々のゴンドラや水上タクシーが忙しく行き交う水の都。
かつて水上都市として一大文化を築いてきた古のヴェネチアの姿が、今まさに目の前に甦るようだ。
サンタ・マリア・デラ・サルート教会のシルエットが見えてきたらまもなく目的のサンマルコ広場だ。
船を降り立つと、そこは観光客だらけ。
まず私が向かったのは、広場を囲う回廊にある老舗カフェ、フロリアン。
世界中、特にヨーロッパの各都市にはたいてい行ってみたくなるような老舗カフェがある。
ナポリのエスプレッソ発祥のカフェ、ウェールズの蔦の絡んだティーハウス、ウイーンのザッハトルテ発祥のカフェ、ブラチスラバやブダペストの、シシィが通ったクラシックなコーヒーハウス。
ここ、カフェフロリアンも、そんな老舗のうちの一つだ。
ヴェネチアの街並みと一緒に歴史を刻んできた文句なしの佇まい。
まずはここで一息いれて散策の計画を練る。
そぞろ歩きも良いのだが、やはり限られた時間で街を楽しむには、歩いて面白そうなところを事前チェックしておくことが欠かせない。
ヴェネチアでの散歩のテーマは、ずばり「路地裏探訪とバーカロ巡り」である。
ヴェネチアは、フェズの旧市街に負けないくらいの迷宮都市として知られている。
さすがにフェズほど方向感覚を失うということはないが、それでも無数に張り巡らされたワクワクするような路地には、旅情を掻き立てられずにはいられない。
バーカロとはヴェネチアの居酒屋のことで、居酒屋は実はヴェネチアで生まれたのだという。
ヴェネチアでは昼間からこういったバーカロに地元民や観光客が集い、プロセッコやフリウリといったヴェネチアワインを僅かグラス1€ほどで飲んでいるのだという。
ワイン好きにはたまらない街だ。
そんな味のある路地裏の風景を写真に収め、地元民に交じってバーカロで一杯やってくるというのが旅のテーマといったところか。
さて、散策を始めよう。
ひとつ路地に入るだけで、フォトジェニックな風景が溢れている。
名付けて「バックヤードのカメリエーレ」
店から抜け出して煙草をふかし、ふと気を抜いた瞬間のカメリエーレ(給仕長)を捉えた一枚。
舳先を覗かせたゴンドラ。路地裏から見る狭い水路に滑るようにしてゴンドラが姿を現す瞬間は、はっとするほど美しい。
アックアアルタ書店の古本階段の上で。
アックアアルタとは、ヴェネチアを年に数回襲う洪水のことで、この書店は毎度店内が浸水する。
浸水してもその状態で営業するものだから、そのうちそれ自体が名物となってアックアアルタという名前がついたのだとか。
TVでもしばしば紹介される有名店である。
店主のおじさんと息子さんは大の日本びいき。
日本人といえば喜んで店内を案内してくれる。
店の奥にある小さな庭には古本階段があり、そこから眺める水路の風景もまた乙である。
港町ヴェネチアにも、猫の姿が良く似合う。
鮮やかなエメラルド。
漂うゴンドラ。静かな水面にチャポチャポと櫂で水をかく音だけが響く、のどかな風景。
魅力的な小路がたくさんありすぎてついつい我を忘れてしまう。
気づいたら時計の針が12時近くを指していた。
ランチはたまたま通りかかった店のパスタが美味しそうだったので、リアルト橋のたもとにあるレストランに決めた。
名物のムール貝のトマトソースパスタは、やや太めの麺にソースがよく絡み貝の旨味も凝縮されていて軽々と胃に納まってしまった。
目の前はカナルグランデ。一艘のゴンドラが流れに揺蕩う。
レストランはオープンエアだが橋の陰になっていて心地よい風が吹いてくる。
一息ついたら、街のランドマークであるリアルト橋のてっぺんに登ってみた。
鮮やかな色をした大運河に、大小何艘もの船が行き交う風景はきっと昔から変わらないのだろう。
ヴェネチア共和国はかつて中世海上貿易によって巨万の富を得、繁栄した一国家であった。
また、ヴェネチア派というルネサンスの一派を生み出すなど、文化芸術の面でも独自の主張を持っている。
街がまるごと水の上に浮いていて、建物、運河、船、人、文化、このどれもが見事に調和しつつ古からの姿を今に伝えている。
これだけ独特の魅力がある街は世界中でもなかなか例が無いかもしれない。
路地裏に看板という構図が好きだ。
小さな中庭にあるオープンレストラン。
昼下がりはゴンドリエーレもどことなく気だるそう。
ゴンドラも休憩モード。
色彩の柔らかいリストランテ。
サンマルコ広場に戻るとやはり人の多さに圧倒される。
人ごみを避けるようにして、今度はスキアヴォーニ河岸沿いへ歩き、アルセナ-レ造船所の裏へ回って路地を彷徨うことにする。
投獄される囚人が通ったといわれる水路。ここで溜息をついたことから、溜息橋と呼ばれる。
映画ツーリストで二人が泊まったホテルがここ、ダニエリ。
フロントの重厚感は歴史が生み出すものなのか。
ホテルの中の写真を撮らせてもらいたいときは、一応そこでお茶をすることにしている。
ロビーラウンジには休憩にぴったりのカフェスペースがある。
ダニエリを後にすると、アルセナ―レ造船所の裏道を通ってサンマルコ広場の方へ戻っていく。
ここ、アルセナルバーにある、小エビのカクテルサンドが食べたかったが残念ながら胃に空きが無く断念。
アイボリーとビリジアンブルーの色合わせが気に入った一枚。
新聞を読んでいるだけのおじさんも何故か絵になってしまう。
覗きも路地裏歩きの醍醐味の一つ。
尾行もまた醍醐味の一つ。行く場所に困ると、ターゲットを決めて何気なく後をついて歩くと面白い。
陽が傾き始めたのを狙って鐘楼の上に上がる。
嗚呼、絶景哉。
ゴンドリエーレのボーダー柄は、やはりこの街に似合うようにできている。
お目当てのバーカロはこの路地をぬけたところにある知る人ぞ知る隠れ家だ。
路地を抜けたところにある小さな空地の一角にある。蔦がいい。
早くも店内は客で賑わい、カウンターのバーテンダーは忙しそうに動いていた。
同じイタリアでも、ミラノ以北の人はテキパキとよく動く。
南に慣れていた私としては、イタリア人もこんなに仕事が早いのかと最初は驚いた。
ここでもアペリティーボの時間。8€でドリンクを頼み、あとは食べ放題だ。
アルコールに弱いのが残念でならない。
皆思い思いにドリンクを片手に好きな食べ物を取り、運河を臨む広場に腰かけておしゃべりを楽しんでいる。
ほろ酔い気分で暮れゆく運河を眺めるのは、なんだかとても現実離れしている。
夕方の橋のたもと。
夕食前に一杯、と運河沿いのカフェやバーカロには続々と人が集まってくる。
桟橋に腰かける人々は、駅までのヴァポレットを待っているのだろうか、それとも黄昏時の運河の様子を楽しんでいるのだろうか。
これらの人たちそれぞれに其々の人間ドラマがあり、人生のある瞬間たまたま同じところに居合わせた人たちだと思うと面白い。
ぽつりぽつりと、街灯に明かりが灯りはじめる頃。
さて、帰路に就こうか。
暮れゆく夕陽の最後の輝きをうけて、黄金に煌めくカナルグランデ。
ロマンチックなヴェネチア旅のエンディングにはこの曲がピッタリだ。
Frank Sinatra - Strangers in the night - YouTube
静かに漂う数隻のゴンドラを眺めていると、ふと夢と現実の境が分からなくなった。