今回の旅のテーマは珠玉の田舎町めぐり。フランスはトゥールーズへ入り、南西部の最も美しい村に登録される村々を巡ります。後半はマドリードへ飛んでスペイン、アンダルシア地方の田舎町で馬に乗り野山を駆けます。【旅行時期:11月中旬】
フランス滞在1日目は楽しみにしていた村巡り。
フランスには、「フランスで最も美しい村」という称号をもつ政府公認の村が150村余りある。
その大部分がここフランス南西部、ミディピレネー地方に集まっている。
人口200人未満の小さな村がほとんどで、山間や辺鄙なところにあるため公共交通機関でのアクセスが困難だ。
今回のターゲット、コンクとコルドシュルシエルも例外ではない。
そこで、南西フランス専門の小さな現地会社に車の手配をお願いした。
とはいえ、車の手配はけっこう高い。
トランスファーのみ、ガイドなし。ドライバーは仏語のみを話す現地人にしてできるだけ低価格に抑えた。
とにかく村まで連れていってもらえればそれで良い。
朝、ホテルのロビーでドライバーと待合せ。
ロビーにやって来たのは上下スーツをきちっと着こなした仏人のおじさん、James氏(以下J氏)。
なかなか親しみの湧く笑顔、ダンディーでいてコミカルな雰囲気も気に入った。
いくら運転してもらうだけといっても、車の中では1対1なので楽しい人の方が良いに決まっている。
まずは人口80人の村コンクへ向かう。
かつてはキリスト教の一大巡礼地スペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラへの中継地として栄えた村だ。
天気はバッチリ。
トゥールーズから30分も走れば緑の丘陵地帯が広がり、紅葉の最後の時期らしく黄色に染まった木々がそれに映えている。
これから向かう美しい村への期待で胸は膨らむばかり・・・と言いたいところだが、今朝もカメラは一度も動かない。
期待が大きくなればなるほど、その景色を写真に収められない無念さも大きくなる。
このまま1枚も写真が撮れないなんてつまらなすぎる。
そこで藁にも縋る思いでJ氏にカメラが動かないことを訴えてみることにした。何か解決策が見つかるかもしれない。
するとなんとJ氏が「僕のカメラ使えないかな?」と自前のカメラを出してくれたのだ。日本製のFUJIFILMだ!
なんとナイスなJ氏。
それならば、私のカメラに入っているSDカードを入れ替えて使える可能性が高い。
逸る気持ちを落ち着けて、彼のカメラにカードを挿入してみた。
ピピッ 電子音と共に、モニターに「ERROR」の赤い文字が・・・
ガーン!!
突破口が見えていただけに落胆も大きい。やっぱりダメか。
と、スペアで別のSDカードを持っていることを思い出した。
ちょっと待って、ともう一つの方を試みてみたところ・・・カメラはすんなりとそのカードを受け入れてくれたのだ!
「やったよ!やったー!!」あまりの嬉しさに私たちはハイタッチをして喜んだ。
こうしてJ氏との距離も一気に縮まったのである。
コンクまでは3時間ほどの道のりである。
丘陵地帯からしだいに山間部へ。車は蛇行する山道をどんどん走っていく。
初めは民家やアパートも多かった景色が、この辺りになると殆ど建物らしきものは見当たらない。
途中、黄色く色付いた木々が美しかったので写真を撮ってもらった。
こんなところに村があるのだろうか。
疑問に思い始めたその時、J氏が車を停めた。どうやらこの先に絶景ポイントがあるらしい。
車から降りると、頭が冴えるようなひんやりした風が頬を撫でた。
茂みの中を少し歩くと突然視界が開け、山間にひっそりと佇む秘境の村が姿を現した。
巡礼者の村としてその名に恥じない荘厳な姿。コンクだ。
実はコンクは曇天の早朝、朝靄の中見るとより神秘的で美しいらしいのだが、今日は快晴。
まあ天気が良いに越したことはない。
いよいよ村の内部に入っていく。
まずは村のランドマーク、サントフォア教会へ。
ロマネスク様式らしい石造りのどっしりした教会内は、ひんやりと冷たく、窓や装飾は最小限に抑えられている。
かつての賑わいほどではないにしても、コンクには今でもフランスから北スペインへ向かう巡礼者が絶えない。
巡礼のシーズンは春~10月迄。なぜなら冬になるとこの先ルート上にあるピレネー山脈が雪を被ってしまうからだ。
したがって、巡礼者や観光客の来ない11月は店や休憩所、土産屋なども閉まっている。
コンクほどの田舎はシーズンオンとオフがはっきりしているのだ。
おかげで人口80人の村はこの時期本来の静けさを取り戻し、村人たちの生活の匂いが漂う。
そんな静まり返った村の奥深くまで、丹念に歩いてみる。
あちらこちらに抜け道や朽ちかけた石の階段。
ひっそりとした玄関先にはよく見ると控えめに生花が飾られていたりする。
迷路のように入り組む路地裏、一人だと迷子になりそうだが、親切なJ氏が先導してくれた。
ドライバーはガイドや道案内は管轄外なのだが、J氏は本当によくやってくれる。 ポイントの高い優良ドライバーだ。
歩き回るとお腹が空いてきた。
コンクでランチを食べる予定だったので、村で一軒だけ開いているレストランにJ氏と一緒に入った。
J氏は客をよく連れてくるのだろう、マスターとは顔見知りだ。
オーダーはJ氏おすすめの料理があるらしいのでお任せにした。
ただ、ひとつ心配なことがある。
フランス南西部はフォアグラと鴨の産地、そしてロックフォールという鼻のひん曲がりそうなきついブルーチーズが有名だ。
おそらくこのどれかは出てくるに違いない。
しかし、私はこれらが全て苦手なのだ。
けれど、せっかくおすすめを頼んでくれるのに食べないわけにはいかない。J氏は良い人だけに余計だ。
緊張の一皿目。
なんといきなり予想が当たってしまった。
鴨肉入りフォアグラのテリーヌ。
しかも特大サイズ。
向かいをみるとJ氏がニコニコしている。
「ここのフォアグラはほんとに最高なんだ。」
もはや食べないという選択肢はない。
ただ、唯一の救いは一緒に運ばれてきた山のようなトースト。
こんがりと焼かれたホカホカのパンはとても美味しそうに見えた。
J氏はテリーヌをナイフでとり、ちぎったパンに豪快に塗り付けかぶりついた。
そして、こうすると美味しいヨ!と私に向かってほほ笑む。
こりゃ、早いところ一気に食べてしまう方がいい。
J氏に倣い、テリーヌをナイフの先でとり、大き目にちぎったパンにのせた。
おそるおそる口に運ぶ。
ん…!んん?!
フォアグラを食べた時の生臭さ、ウッと込み上げてくる不快感がない。
クセがないのだ。
これならなんとか食べられるかもしれない。
パンにつけると、コクのあるバターのような味わい。
添えてあるリンゴのコンポートも一緒に乗せれば甘酸っぱさとほんのり香るリンゴの甘い香と相まって思ったより苦痛じゃない。
大のフォアグラ嫌いの私がここまで食べられるのだから、本当に美味しいフォアグラなのだろう。
そして二品目。
これは正解。
J氏曰くこの店ではAligoというチーズのトッピングが欠かせないらしい。
若鶏の赤ワインソース、栗添え。
ココットいっぱいに入っているのがAligoだ。
チーズフォンデュの様なとろけるチーズは意外とあっさりしていて肉汁たっぷりの若鶏と絡めて食べると最高だ。 チーズ好きの私には嬉しい一品。
しかしブルーチーズのロックフォールが出てこなくて本当に良かった。
J氏がキールと、ミディピレネー地方名産ワイン、ガヤックを頼んでくれた。
日本なら確実に飲酒運転で捕まるが、ワインやビールが食事に欠かせない文化圏であるフランスやチェコなんかはかなり基準が甘い。
フランスの場合ワインならグラス2杯、ビールなら1リットル程度なら飲んでも問題ないという。
J氏はほんの少し英語も喋れ、J氏:仏語9対英語1、私:仏語0.5対英語9.5での会話だったが、お酒も入り楽しいランチタイムとなった。
お腹もいっぱいになったところで、次の村へ向かうべく車に乗り込んだ。
1時間半ほど走っただろうか。
コンクでゆっくりしたので時間は16時近くになっていた。
気づくと日の光がオレンジ色を帯びて、早くも夕方の気配が漂っている。
次にJ氏が車を停めたのはゆったりと流れる川にかかる橋の上。
「降りて橋の上から両岸を見てごらん、素晴らしい景色だよ」
言われるがままに車を降りて橋の上を端から端へと歩いてみる。
中ほどで立ち止まり、両岸を見てみると・・・美しい。
暮れゆく夕陽の最後の輝きを受けて、橙色に輝く古い町並み。
ロートレックの故郷でもあるアルビの旧市街は、世界遺産に登録されている。
煉瓦造りの建物が多いアルビの街は、夕方の時間帯が最も美しいのではないだろうか。
アルビには当初立ち寄る予定ではなかった。けれどコンクからコルドシュルシェルへの道中にあることから、J氏が気を利かせてこの景色を見せるために寄ってくれたのだった。
アルビは街と呼べるだけ比較的大きいのだが、コルドに近づくにつれてまたもや建物は少なく緑が多くなってきた。
車は登り道を行く。
小高い丘のようなところを登り切ったところでJ氏は車を停めた。どうやらまた絶景スポットのようだ。
外の空気は冷たいけれど清々しい。
何処からともなく焼畑の煙のような香ばしい香りが漂っていて、どことなく日本の田舎を連想させる。
夕暮れ時の風が木々を揺らす微かな音を聞きながら、丘のてっぺんをゆっくりと歩く。
しだいに、写真で見ていたあの絶景が姿を現す。
コルド・シュルシエル。「天空のコルド」。
その名の通り、山肌に張り付くようにしてできた村はまるで天空に浮かんでいるかのように見える。
特に霧の多い朝などは、麓部分が霧で隠され、本当に宙に浮いているように見える。
ジブリの代表作、「天空の城ラピュタ」はこの村をモデルにしたのだとか。
内部に入って行こう。
コンクと同じくシーズンオフの村には人もまばらだ。
数人の観光客と1人の村人に出会っただけで村まるごと殆ど貸切状態である。
ところが、一見ゴーストタウンのように見えて、蔦の絡んだ窓の奥からは人の話し声が聞こえたり。
家々の扉からは暖かい光が漏れていたり。
店先にはちゃんとクリスマスの飾りつけがあったり・・・
しっかりと村人の生活の息吹が感じられるのだ。
ジブリの映画に出てきそうな、なんとも不思議で魅力的な雰囲気の村であった。
コルドを出る頃には辺りは薄暗く、トゥールーズまでの帰路では爆睡してしまった。
ふと目が覚めると賑やかな街に帰ってきていた。
ホテルの前でJ氏と別れた。一日、本当に楽しい時間を過ごさせてくれたJ氏には感謝の気持ちでいっぱいだ。
さて、ホテルで休憩して夕食に出直す。
ここからはJ氏のカメラがないため、不本意ながら携帯のカメラで写真を撮る。
トゥールーズでは狙っていたレストランがある。
L'Entrecôte
Restaurants L'Entrecote - Toulouse - Bordeaux - Nantes - Montpellier - Lyon -
ふだん進んで肉を食べない私が行きたいと思ったこの店は、メニューがただ一つ。ステーキだけ。
創業当時から変わらぬスタイルで、このステーキだけを提供し続けている。
そして、海外では珍しい、連日行列ができるレストラン。
店内は満席状態。老若男女、貴婦人からジーパンの子供まで客層はバラエティーに富んでいる。
席は狭いし人は多いのに、なぜか不快じゃない。店の喧騒も不思議と心地良いのだ。
席に着くとまずクルミのサラダが出てきて、肉の焼き加減と飲み物を聞かれる。
ミディアム、そしてガヤックの赤ワインを頼んだ。
ほどなくして、山盛りのポテトが添えられた肉が運ばれてきた。
脂身が少なく程よい噛みごたえがあるけれど、決して固くない、まさに私の好みの肉質。
そしてなんといってもこの店のステーキの売りは独特のソースだ。
何と形容してよいか分からないし、似た味が見つからない。
ガーリックとオリーブオイル、形がなくなるまで炒めた玉ねぎは入っていそうだ。
一番特徴的なのは、独特の酸味。ワインビネガーかバルサミコか分からないが、何か酸味をつけるものが入っている。
とにかく、このソースが肉のうまみを引き出し、あっという間に平らげてしまう。
奥にあるのはお代わり分。
普段なら絶対食べきれない肉の量だが、ぺろりと食べてしまった。
全てサラダ、ワイン、パンがついて20€超はかなりのお得感。
心身ともに満足したところで明日のマドリード行に備え、早めに床に入った。