三泊四日、民主化デモ真っ只中の香港・マカオへの旅。ネオン輝く繁華街や金色の水上レストランなどギラギラした部分だけでなく、今にも崩れそうな雑居ビルに侵入するなど、煌びやかな香港のもう一つの顔にも迫ります。マカオでは沢木耕太郎の「深夜特急」にも描かれた場所を訪問。今回は同行者ありの旅。【旅行時期:9月末】
帰国日だ。
帰国便までは時間があったので、散歩がてら中環駅から歩いてすぐ、SOHOにも近い陸羽茶室へ朝食を食べに行くことにした。
ここは1933年創業の老舗で、伝統的な飲茶を食べることができる有名店だ。
老舗らしいレトロな店構えが気に入った。
朝7時の開店と同時に入ったため店内は空いていた。
ランチ以降であればメニューの選択肢も多いが、朝は各種点心のみである。
しかし、朝7時~10時半の朝食時間にここへ行くメリットは三つある。
一つ目は、ランチ以降は要予約だが、朝は空いているため予約無しでゆったりと食事をすることができるということ。
二つ目は、この時間帯にだけ、創業当初から続いている駅弁スタイルでおばちゃんが点心を売りに来る様子を見られるということ。
そして三つ目は、朝は地元の常連客がほとんどのため、地元民と一緒に往年の香港らしい朝の雰囲気に浸れるということ。
さて、茶室の中へ入ってみよう。
私たちが通されたのは二階の部屋だった。
実は、観光客が主に通されるのは一階。二階や奥の個室はあまり知られておらず、常連中の常連が通される部屋だと言われている。
開店直後の店内には清々しいような、気怠いような、朝特有の空気が満ちている。
まだ7時すぎだというのに、朝ご飯をお茶と共にゆっくり摂ろうという地元民たちがちらほら席についていた。
じきに、今も変わらぬスタイルで点心を売り続ける売り子のおばちゃんが、点心の名前を広東語で呟きながら歩いてきた。
広東語は中国の標準語である北京語とは全く別物である。
その独特のイントネーションがなんだか心地よく心に響く。
おばちゃんがランダムに持ってくる点心は、一体あと何種類あるのか、そしてどんなものなのか全くわからない。
とにかくおばちゃんが運んできたなりに中を見せてもらい、外観で判断して一か八かで頼んでみるしかないのだ。
いる?いらない?
まあ、ひとつ食べてみなさいな。
おそらくそんなことをいっているのだろう。
こんなゆるーいやり取りが、レトロな茶室の雰囲気と相まって心地良くさえ感じてしまう。
飲茶とは、「主に朝、お茶を飲みながら点心を食べる」こと。香港に古くから根付いてきた習慣である。
香港では今でも飲茶の習慣が残っているが、昨今の目まぐるしく動く政情、デモの頻発、急激な金融ハブ化、押し寄せる観光客などの影響で、香港市民たちはなかなか昔のように朝の時間をゆったり過ごす心の余裕も無くなってきたのではないだろうか。
悠長に朝からお茶など飲んでいる場合ではないのだ。
店内を見回してみると、一人でお茶を飲みながら点心をつまみ、給仕に来たおじさんと談笑をしている中年の男性。
年配の夫婦もどうやら常連客らしい。何杯もお茶をお代わりしながら給仕のおじさんとの会話を楽しんでいる。
ここでは、今は数少なくなった朝の飲茶文化を見ることができる。
目まぐるしく変わりゆく今だからこそ、朝のこうした何気ない一コマが古き良き香港の姿を彷彿とさせるようでホッとするのだ。
香港人に倣ってゆったりした朝の飲茶時間を過ごした後、ぶらぶらしてホテルへ戻るとじきに出発時間だ。
香港では、インタウンチェックインという便利なシステムがある。
文字通り、空港ですべきチェックイン手続きが市内でできるのだ。
チケットももらえるし、もちろんスーツケースもここで預けてしまえる。
従って、あとは出国審査をするだけとなり空港での手続きが大幅に削られる。
しかも、チェックイン手続きのあとは再び街に戻ることができるため、スーツケースを預けてからまた観光に出ることもできるという優れもの。
香港駅または九龍駅の空港行エアポートエクスプレスの駅に各航空会社のカウンターがある。
インタウンチェックインをして、身軽に空港へ向かいましょう! -機場快線(エアポートエクスプレス)香港駅より | 香港ナビ
香港国際空港でランチを食べ、あとは出発を待つばかり。
今回は図らずも出くわしてしまった民主化デモを通して、かつてない危機を迎えている激動の香港を見た。
また、3日目に訪れた魔窟のような雑居ビルからも、住宅事情にみる深刻な香港の社会問題が垣間見える。
【香港より愛をこめて】③日目前篇 ~驚くべき雑居ビル探訪~ - 元添乗員の国外逃亡旅行記
香港は今、ただの煌びやかなだけの都市ではない。
一国二制度の維持期間はあと30年余。
おそらく、それまでの間にも着実に本土化は進んでいく。
実は、学生デモ団体「スカラリズム」はかつて2度ほど中国政府に対して勝利を収めている。
PHOTO FROM WSJ
しかし、そのいずれもが直接的に政府を相手取ったものではないというのが今回との最大の違いだ。
残念ながら、民主派がいくらデモを起こして騒いだところで、中国政府に決定的なダメージを与えることはできないというのが一般的な見解である。
今では、自分たちを「中国人」だという人も増えてきた。しかしそれでも未だ自分たちは「香港人」だと主張する人は存在する。
そういった人たちがいる限り、香港は香港で有り続けるだろう。
PHOTO FROM WSJ
いずれ本土に吸収されてしまうその日まで、どうか彼らには香港愛を忘れないでいて欲しい。
最後に入ったホテルラウンジの窓からは、今や見慣れた摩天楼。
もし次にここへ来ることがあったとしたら、この風景はその時も、変わらぬ姿を留めていてくれるだろうか。
(終)