元添乗員の国外逃亡旅行記

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白いストールにまつわる想い出 ~トルコ初添乗~

うれし恥ずかし初添乗のほろ苦いエピソード。※写真はイメージのため、同時期に撮ったものとは限りません。

 

 何気なく見たBSの旅番組にイスタンブールの街が映っていて、ふとトルコでのほろ苦い思い出が蘇ってきた。

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私の人生初めての添乗先はトルコである。トルコ中西部のメジャーな地域をほとんど網羅し、更に世界遺産の古都サフランボルを訪れる12日間のツアーだった。

 

実は入社前に阪急のツアーで訪れた国がトルコだったので、初添乗にトルコをアサインされたのはラッキーだったのかもしれない。

 

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国内線の乗り継ぎも何とかスムーズにいき、両替の案内もできた、ガイドとも会えた。ホテルへのチェックインも終わり、あとは夕食を残すのみとなってほっと胸を撫で下ろした矢先に・・・

 

早くも試練はやってきたのである。

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初日の夕食。古都サフランボルで過ごす夜は静かで、初夏を迎えた木々の緑が蒸していた。

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古民家を利用したレストランのテラスには、どことなく日本の夏を思わせる懐かしい匂いが満ちている。

 

私はこれから12日間、初めてのツアーを成功させて帰ることだけに意識を集中させていた。

 

 ところが、人生初の添乗、旅なれたお客様が15人、案の定一筋縄では行かなかった。

 

私は食事の前半をお客様と共にした後、後半はあえて少し離れたガイドと同じテーブルに移った。

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トルコの場合は初日から最終日まで同じガイドが付く。

 

ツアーはガイドと添乗員が二人三脚となって作り上げていくので、ガイドとのコミュニケーションが上手くいくが否がツアーの成功に関わってくると言っても過言ではない。したがって、私はきるだけ早い段階でガイドと友好的な関係を作り上げておこうと思ったのだ。

 

そのために比較的時間のある夕食の時間はピッタリじゃないかと思ったのである。

 

自己紹介と共に、トルコは前に訪れてとても素晴らしい国だった、再訪できて嬉しいということなどを話し、これから12日間、協力して良いツアーにしていこう、よろしく、と微笑みつつ握手を求めた。

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トルコはただでさえかなりの親日国家。正直、トルコ人ガイドと仲良くなることなど容易いものだと思っていた。

 

しかし、だ。

 

ヌルさんと名乗るその女性ガイドは、私の手を握らなかった。代わりにニコリともせず次のような言葉を吐き捨てたのだ。

 

「私、本当はアナタと一緒に仕事したくない。」

 

えっ・・い、今なんと!?

 

私は耳を疑った。

 

異国の地でお客様を連れ、頼れるものは自分とガイドしかいない状況で、相棒となるガイドからこの衝撃的すぎる宣戦布告!!

 

ろくに海外旅行もしたことのなかった私の人生初めての海外添乗、意外と小心者の私のことである、このあまりのストレートパンチに私は言葉を失った。

 

こんな告白されるくらいなら、最初から打ち解けようなんて思わなきゃよかった。

 

しかし、そう言っていても仕方がない。明日からはこのガイドと、否応なしにツアーをこなしていかなきゃならないのだ。

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私は必死だった。それは困る、と。何としてもきちんと仕事をこなしてもらわなければ。

 

初めてで気が張っていたこともあるが、ツアーで旅程を管理し主導権を握るのは添乗員であり、今思えば「現地ガイドを何とかうまいこと扱って思い通りに動いてもらおう」という思いが私のどこかに見え隠れしていたのかもしれない。

 

しかし、まるで私の心中を見透かしているかのようにヌルさんは首を振るばかりであった。

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さて、翌日からはさっそく観光が始まった。トルコの自然、歴史遺産はやはり納得の素晴らしさ。

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暮れなずむローズバレーは文字通り薔薇色に輝き、地球の息吹を感じさせるダイナミックな景観は一同を呻らせた。

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しかしヌルさんのガイディングは可もなく不可もなく。どこか心ここに在らずといった様子だ。これでは旅の感動も半減してしまう。

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ある日、私は今度こそヌルさんを説得しようと彼女と再びテーブルを共にした。

 

ツアーでは旅行社側の営利目的での土産物屋への立ち寄りをなくしていた。

 

全く土産物屋に行かないという訳ではない。あくまで、旅行社やガイドと提携しているような値段ばかり高い観光用のショップに必要以上の時間を割かないということだ。

 

ひどいところだと、ほとんどショップ巡りのようになってしまい、観光より土産物屋にいる時間の方が長いということになりかねない。ショッピングにそこまで興味がないうちの客層には、観光客向けのショッピングモールや土産物屋よりも観光時間により時間を割く必要があるのだ。

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結果的にショッピングよりも観光時間の割合が増え、ガイドにとっては提携している土産屋に顔を出すことが少なくなる。

 

私たち旅行者にとっては、買物は効率良く、観光もたっぷりできるので満足である。

 

けれど、現地のガイドにとってはどうだろうか。

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特に途上国や小さな村、そういったところのガイドは未だに土産物屋にお客を紹介して生計のいくらかを賄っている部分も実際にはある。

 

薄給で働かせる現地のガイド会社の雇用体系にも問題があるのだろうが、ガイドにはガイドなりの事情があるのだ。

 

したがって、こういったコミッションに繋がらないツアーをガイドが嫌がるのも考えてみれば仕方がない事なのかもしれない。

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ヌルさんはいつしか私相手に淡々とそんな愚痴をこぼしていた。

 

あなたのような新米添乗員の言うことなんてそう簡単に聞いてなるものか、ヌルさんの真っ黒な瞳はそう語っていた。

 

彼女を説得しようなどとどこかで上から目線だった私はなんだか急に恥ずかしいことをしていたような気になった。

 

そんな中でまたしても試練が私を襲う。

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カッパドキアのホテルから出発する日。荷物を下ろすようにフロントに伝えてあったにも関わらずいつまで経ってもスーツケースが下りてこない。

 

延々と待つも、このままでは日程が狂ってしまう。けれどヌルさんは「仕方がないので待つしかない。」の一点張り。お客様はそろそろ不審に思い始めてきた様子。

 

これはやばい状況だ。

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私はポーターを手伝うことにした。5階に上がるとエレベーターが故障して一台しか動いていない。踊場には15個のスーツケースがまとめられたまま置かれていた。

 

ポーターにすぐに運ぶように言ったが、呑気なトルコ人ポーターはいっこうに急ぐ様子も無い。

 

見ていられない私は自分もすぐさま運び始めた。火事場の馬鹿力とはこのことか、スーツケースを両手に担ぎ5階から階段で3往復ほどして運び切った。

 

気温は30度超、汗だくになってロビーに戻るとヌルさんが「信じられない!」というような顔で私を見ていた。

 

「何でそこまでするの?」と聞くヌルさんに、「ヌルさんが稼ぎに見合った仕事しかしないのは勝手だけど、私はツアーを無事に終わらせて帰る責任があるから。」と答えた。

 

今思えばもっと違った方法もあるだろうし、初添乗だけに青かったのだなとは思う。しかしその時はとにかく、お客様たちに絶対満足して帰ってもらいたいという強い思いと、何もしてくれないヌルさんへの反発心が先走っていたのかもしれない。

 

クーラーでキンキンに冷えたバスに乗り込むと、じきにめまいがしてきた。

 

次のホテルに着く頃には完全に絶不調になっていた。夕食の頃にはひどい悪寒と頭痛に見舞われ、目は霞み息も絶え絶え。

 

しかし、お客様たちは私を待っている。飲み物の注文を手伝い談笑さえもしてなんとか切り抜けた。

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しかし非情なことに試練は重なるようにしてやってくる。

 

翌日は半日自由時間だ。基本的にはお客様は自由に過ごすのだが、自由時間といえどうちの会社では、希望者は添乗員が立てたプランについて一緒に行動することができる。

 

しかしあくまで自由時間であるこの間はガイドがいないので添乗員が全て一人でやらなければならない。そしてこの添乗員プランの参加率は結構高い。

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ただ、初添乗であったこともあり、会社からはガイドを付けても良いと言われていた。そして事前の打ち合わせで明日はヌルさんに付いてもらう予定になっていたのだ。

 

夕食時、朦朧とした意識の中で翌日のプランについて打ち合わせしようとしていた時だった。私はヌルさんが口にした言葉に愕然とした。

 

「ワタシ腰が痛くて動けない。だから明日の午後は休む。」

 

「えっ、じゃあ、午後のプランは!?」


「・・・。」

 

ヌルさんは頑なに首を振るだけだった。

 

どうしてこうなってしまうのだろう。ショックと不安と頭痛と寒気により、そこで私は事切れた。

 

倒れるようにして部屋に戻って薬を飲み、風呂も入らず眠りについた。

 

現地のガイド派遣会社にクレームを言って翌日からガイドを替えてもらうことなど簡単である。しかしその時なぜか私はそれをしなかった。

 

熱に浮かされた頭の中で、ヌルさんの真っ黒な瞳が現れては消えていった。

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暫く泥のように眠った後、ふと目が覚め現実を思い出した。私は鞄から痛み止めを取りだし、渾身の力を振り絞って部屋を出た。向かった先はヌルさんの部屋だ。

 

ノックするとお風呂上がりのヌルさんが出てきた。滝のように汗をかいた私の顔色がよほど悪かったのだろう、さすがのヌルさんも青ざめた私の様子を見て焦っていた。

 

「具合が悪いのですか?!」

それには答えず私は痛み止めを差し出した。

 

「ヌルさんの腰は大丈夫?今までの私の態度が悪かったかもしれない。ごめん。自由時間はもういいよ。一人でなんとかやるから、これを飲んで早く元気になって。」

 

ヌルさんは痛み止めを受け取ったまま、暫く唖然とした様子で私を見ていた。

 

病は気からとはよくいったもので、翌朝体調は回復していた。

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午前中は移動と観光、昼食を挟んでいよいよ午後からは運命の自由時間だ。

 

案の定希望者は半数以上もいた。こうなったら多少まごつくことは覚悟の上やるしかない。単独行動するお客様と解散し、希望者だけ残ってもらった。

 

と、そこにヌルさんが残っていた。

 

「あれ、ヌルさん午後休むんじゃないの?」

 

「腰が治ったから自由時間もやります。」

 

そして、少し照れ臭そうに言った。

 

「薬、ありがとう。」

 

この時を境にヌルさんは積極的になり、時折私に笑顔さえ見せるようになった。

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そしていよいよ残すところあと一日。トルコで過ごす最後の日がやってきた 。

 

この日はツアー最終日という以外に私にとっては特別な日、25歳の誕生日だった。

 

今回の旅の終着地点であると共に、古から東西文化の合流地点であった神秘の都イスタンブール

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ビザンチンオスマンと二大帝国に支配され悠久の歴史を見続けてきた街。

 

抜けるような青空にモスクのミナレットが鉛筆のように聳え、ボスポラス海峡からは心地よい海風が上がってくる。

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誕生日をこんなにバタバタしながら異国で迎えることになろうとは。

 

イスタンブールの空に昇る朝日を眺めながら、私は一人しみじみと誕生日を噛みしめていた。

 

すると、後から誰かがやってきた。

 

「おはようゴザイマス。」

 

ふり返るとヌルさんが立っていた。

 

「ヌルさん今日でお別れだね、色々あったけど、ヌルさんがいてくれてやっぱり助かった。ありがとね。」

 

「コレ。」

 

ヌルさんの差し出した袋は、妙にキラキラしたラッピングの袋で派手なリボンがかかっていた。

 

そして、中には真っ白なストールが入っていた。

 

「誕生日オメデトウ。」

 

それはヌルさんからの誕生日プレゼントだった。

 

何気なく話題にした誕生日のことを覚えていてくれていたのだ。そしてストールは絹織物の名産地ブルサでの観光中こっそり買ってきてくれていたのだった。

 

私はこれまでの出来事を思い出した。

 

土産屋のコミッションをもらえないから仕事をしたくないと言っていた彼女がどんな思いで私にプレゼントを買ってくれたのだろうかと思うと、なんだか無性にヌルさんが愛しくなった。

 

私に向けられたヌルさんの瞳は、人懐こく輝いていた。

 

イスタンブールの空はどこまでも青く、私の心に焼き付いて離れない。

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添乗先で手に入れた物はいくつもあるが、白いストールは今でも一番の宝物である。

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(終)