ミラノから入り、魅惑のモロッコへ。迷宮都市フェズで迷路を彷徨い、モロッコ料理教室へも参加。シャウエンでは青の街に魅せられ、後半は路地裏逍遥を楽しむべくヴェネチアへショートトリップ。【旅行時期:3月末】
その時、私はリデュアンと共に真っ暗な空港内に呆然と立ち尽くしていた。
旅にトラブルはつきものといえど、結構きついフライトキャンセル。というよりも、フライトそのものが存在しないのだ。
早朝3時半にリヤドからリデュアンの運転する車で空港に向かったはいいが、ボーディングインフォメーションに朝一便であるはずの私のフライトが無い。
ディレイとかキャンセルというよりフライト自体が無いものだから、カウンターに人もいないし、暗いガランとした空港内にセキュリティの係員一人しかいないではないか。
Eチケットはちゃんと持っているのに、どういうことだ。
係員に聞いたらモロッコ航空は頻繁にスケジュールが変わるので、このフライトはずいぶん前になくなったのだとか。
はいそうですか。ってそんなことはあり得るのか!?
こういうケースには初めて出会う。
どうやら、モロッコ航空からメールか電話で連絡が来ているはずだというのだが、そんな連絡は受け取っていないのだ。
もっとも、迷惑メールフォルダーにでも眠っているのかもしれないが。
カウンターで文句を言って代替してもらうも何しろ早朝4時、スタッフはゼロである。
とにかく人がいない。モロッコ航空のオフィスに電話するも営業時間外で出てくれない。
7時のフライトを待っていた中国人の女の子が心配してくれて、別便でその日じゅうにミラノに着ける便が無いか、持っていたPC を駆使して探してくれるが適当な便は無い。
リデュアンと彼女と保安員と私で案を出すが、とにかくフライトが無いどころか空港職員がいないことにはどうしようもない。
とりつく島がないとはこのことか。
フェズからカサブランカまで、4時間かけて列車で向かう手もあるが、そうなるとカサブランカから先のフライトをキャンセルすることは確定的となる。
残された方法はただひとつ。300キロ離れたカサブランカまで、車で走る。
通常ならば3時間の道のりだという。
現在4時過ぎ、カサブランカから先のフライトのチェックイン終了は6時35分。
直ちに出発してもギリギリ間に合わない可能性が高い。
しかし、カサブランカは国際空港なので辿り着けばその先は何とかなるかもしれない。
どちらにせよ、このままフェズに残るより可能性はある。
なんと、リデュアンがその役を買って出てくれて、高速をかっ飛ばしてくれることになった。
リヤド~空港の送迎のためだけのはずが、こんな早朝に往復600キロ運転してくれるなんて、なんてなんていい人!!
ぐずぐずしている暇は無い。転げるようにして駐車場に駆け戻り、すぐさま出発だ。
と、途端にガソリン残量が無いことに気付く。
街の小さなガソリンスタンドには、人影が見当たらない。
狂ったようにクラクションを鳴らすと、何事かと店の奥から眠い目をこすりながらオーナーが出てきた。
全速力で走る車とともに、眠気などすっかり吹っ飛んだ。
こんなに手に汗握るドライブは未だかつてない。
時間など怖くてとても見られない。
そして、、、空港着は
なんと6時30分!
チェックイン締切時間の5分前である。
ま、間に合った・・・。
しかし、一筋縄でいくほど甘くは無い。
空港入り口でのセキュリティーチェックに時間がかかり、カウンターに着いた時には
ちょうどクローズ後であった。
あまりにすごい剣幕でまくしたてたからか、なんとかチェックインを受け入れてくれた。
次なる関門は出国審査である。
お世話になったリデュアンとの別れを惜しむ間もなくダッシュでイミグレへ向かう。
イミグレの前にぐるぐると蜷局を巻いている長蛇の列が目に入ると、意識が急激に遠のいた。
しかもパスポートコントロールの手前には驚くべき光景が広がっている。
わずか2名の係員が、全乗客の手荷物をひとつひとつ広げ、微に入り細に入りチェックをしているのだ。
離陸時刻まであと20分。
モロッコ航空の職員を見つけて、時間が迫っているから誘導してくれと頼むが、大丈夫大丈夫、と言われるだけ。
列の前の客に、時間が無いから先に行かせてくれないかと頼んでみるが、わしも同じ便だから大丈夫だ、と何の確証も無い返事。
やっと入国審査を終えたのは離陸5分前であった。
普通なら搭乗ゲートはクローズし、機内ではCAたちが最後のチェックをしているはずだ。
チケットに書かれたゲートを見て、また気を失いそうになった。
よりによって広いターミナルの中で一番遠くのゲートである。
十数年ぶりだろうか、こんなに必死で走ったのは。
汗はほとばしり、関節という関節は悲鳴を上げている。
一体何に挑戦しているのだかわからないくらい、ハラハラドキドキのデッドチェイス。
離陸2分前、
「ボ、ボンジューール!!!!」
息も絶え絶えにチケットを差し出すと、気が抜けるほどあっさりとゲートを通してくれたのであった。
夜明け前、真っ暗な北アフリカの大地を平均時速120キロで走り抜ける。
辺りに街など無いからか、ふと窓の外に目をやると夜空一面に満点の星が煌めいていた。
次第に空が白み始め、地平線からは真っ赤な朝陽が昇る。
今思えば、勿体ないくらいの絶景だったのだろうと思う。
とにかく、満点の星空も、真っ赤な朝陽も、別れ際にリデュアンがくれた投げキスも、私にとって最後に強烈にモロッコを印象付けたことには違い無い。
また一つ、忘れられない国ができてしまった。
かくして無事乗継便に間に合い、ミラノへ戻ってきた。
まだ昼前だったが、早朝からのドタバタですでに一日終わったぐらいの疲労感だ。
大家さんとの待合せもあるのでとにかく今日から宿泊するアパートへ向かった。
今回のアパートも中央駅から目と鼻の先。タクシー要らずの好立地である。
デザイナーを職業としている大家のブアさんと会って中へ入る。
とにかく鍵が多く、何重にも扉がある。
やっとたどり着いた今回の部屋。
キッチン、バス、トイレ、全て整っている。
個室も広いし満足だ。
とにかくシャワーを浴びたい。
寝坊したためノーメークだったので化粧もし、身体は疲れていたけれどやはり出かけてしまうのが元添乗員の性というもの。
ドゥオモ周辺をぶらぶらし、異常な喉の渇きに朝から飲まず食わずだったことに気が付いた。
カフェでカルバドス入りの青りんごシャーベットを掻き込む。
夕食は、事前にチェックしておいたピッツェリアへ行こうと決めていた。
地元民も並ぶという人気店、スポンティー二。
イタリア人も長蛇の列。これは美味しいに違いない。一人だったからかカウンターにすぐ座らせてもらえた。
メニューはマルガリータ一種類。サイズが半端ではない。予想はしていたけれど。
しかーし、これがものすごく美味い!空腹だったということを差し引いたとしても、これは美味しい。
どちらかというとナポリ風のもちもち生地だったが、それがへんにパンぽくなく、カリカリとしっとり、もっちりの絶妙なバランス。
耳までしっかりと、こってりしたトマトとコクのあるチーズ。言うまでもなく完食である。
20時すぎにはアパートへ戻り、ベッドに体を横たえる。
ホッとしたからか、どっと眠気が襲ってくる。
明日はいよいよ最後のハイライト、ヴェネチアへのデイトリップだ。